— times

私にとっては人生で初めてのいいキスだった。彼女の唇はチョコレートの味がし、キスしおえると、彼女はショートパンツの尻のポケットからたたんだキャンディ・バーの包み紙を取り出して、私に手渡した。開くと中に彼女の名前と電話番号が書いてあった。その横に豚の顔が描かれていて、漫画のように口から吹き出しが出て、”わたしのことを忘れないで!”と書かれていた。

Read More

市街電車の音や絨毯を叩く音の拍子が、私を揺すり、眠りを誘った。その拍子に包まれて、私の夢は結ばれたのだった。初めのうちは、まだかたちをなしていない夢、おそらくは、産湯の波のような感じやミルクの匂いが浸透していた夢。それから長く紡ぎ出されていった夢、旅や雨の夢。

Read More

出発点はここだ。なぜ時間を切り、思い出を繋ぎあわせるのか。彼は、別の惑星から来たのではない。未来からやってきたのだ。4001年、人間の脳が完璧に使用される時代から来たのだ。その時代には記憶も含めたわれわれが眠らされているすべての能力が、完全に機能している。その時、完全な記憶とは、麻酔をかけられた記憶のことだろう。記憶を失った人間の数々の物語のあとに、忘却を失った人間の物語が始まるのだ。

Read More

「僕は、思い出の働きについて考えることに、一生を費やしてしまうだろう」

Read More

写真はコードのないメッセージという位置である。この命題からすぐに重要な糸が引き出されるはずである。すなわち写真のメッセージは連続したメッセージである、という糸。

Read More

ときどきマッチをすりながら僕は夜明けを待った。疾風のような光とともに夜明けが訪れた。

Read More

「ほんとは違ってる。あなたがアタシと思ってることは、ほんとは違ってる」
風が流れたすぐ後の小さな呟きが、とうに亡くなった母の声に似ていたので、立ち止まり、振り返っていた。
夕暮れを真っすぐにのびる道には、勤め帰りの人の姿もふいに絶えていた。ヴァイオリンソナタを聴いていたイヤフォンを外し、ポケットにしまってから、
「知っていたよ」と唇が動いた。

Read More