母屋の座敷で
母屋の座敷で寝ていて、早朝、だれかが縁側で包丁を研いでいる、と思った。欅の枝葉の繁りを梳いて、庭へきびしい晩夏の光が射し込んでいる朝だった。とても近い音なのに、見渡してもだれもいない。音のするほうへ下駄をつっかけて出ると、すぐそばの梅の木の、根方にそよぐ草叢から発していた。
目を凝らして草のあいだを覗いてみたら、前肢にミンミンゼミをがっしりと捕らえたまま、翅を収めきっていないオオカマキリがふり返った。
猫の客/平出隆
母屋の座敷で寝ていて、早朝、だれかが縁側で包丁を研いでいる、と思った。欅の枝葉の繁りを梳いて、庭へきびしい晩夏の光が射し込んでいる朝だった。とても近い音なのに、見渡してもだれもいない。音のするほうへ下駄をつっかけて出ると、すぐそばの梅の木の、根方にそよぐ草叢から発していた。
目を凝らして草のあいだを覗いてみたら、前肢にミンミンゼミをがっしりと捕らえたまま、翅を収めきっていないオオカマキリがふり返った。
猫の客/平出隆